東京富士塚巡り

FUJI FAITH

富士講・富士信仰とは

富士塚は、ただの小さな山ではありません。江戸の人々の富士山への思いが形になった場所です。巡る前に、その背景を知っておきましょう。

01富士信仰とは要確認

富士山そのものを神聖な山として敬い、拝む信仰です。富士山を祀る浅間(せんげん)神社では、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が祭神として祀られていることが多く、都内の富士塚の山頂にも浅間神社の祠が置かれています。

02富士講とは要確認

富士山を信仰する人々がつくった集まり(講)です。講の仲間でお金を出し合い、代表者が富士山へ参拝に行ったり、地元で祭りや行事を行ったりしました。

富士講の祖とされるのは藤原角行(かくぎょう)で、富士塚の石祠に像が祀られていることがあります。江戸時代中期の行者・食行身禄(じきぎょうみろく)は、富士講を広めた「中興の祖」とされています。

参考:[1][4][7]

03江戸で富士講が広がった背景要確認

江戸時代中期に富士信仰が盛んになり、江戸の町や周辺の村々に多くの講が生まれました。富士塚の多くもこの時期以降に築かれています。

(広がった理由――食行身禄の教え、町人文化との関係など――は、資料を確認してから追記します)

参考:[1]

04なぜ富士山ではなく富士塚を作ったのか

江戸から富士山への参詣は、日数も費用もかかる大きな旅でした。品川区の解説では、富士塚は富士山を遥拝する場所として、また富士山に登れない人たちが富士山の山肌に直接触れられる場所として築かれた、と説明されています。

北区の案内でも、富士山に参詣できなかった人々が富士塚を築き、富士山に見立ててお参りしていたと紹介されています。

参考:[2][7]

05富士塚の歴史

最初の富士塚は、安永9年(1780年)ごろに行者・高田藤四郎が高田水稲荷の境内に築いたものとされます(年には諸説あります)。

築かれた場所に現存するものでは、寛政元年(1789年)築造と伝わる千駄ヶ谷の富士塚が最も古いとされています。その後、文政・天保・文久・明治と、各地の講によって富士塚が築かれていきました。

参考:[1][3][4][5][6]

06富士塚の基本構造

山頂の石祠(奥宮)合目石登山道御胎内溶岩(黒ボク)鳥居
富士塚の構造(模式図。実際の配置は富士塚ごとに異なります)

富士塚は、本物の富士山を小さく写したつくりになっています。代表的な要素は次のとおりです。

・登山道と合目石:通路に沿って「一合目」「二合目」…と刻んだ石が置かれます。

・山頂の石祠:浅間神社の奥宮などが祀られます。

・御胎内(おたいない):富士山麓の溶岩洞穴(人穴)を写した洞穴を造った例があります。

・石碑・石像:講の碑、小御嶽(こみたけ)の碑、天狗や神猿の像、講の祖の像などが配置されます。

参考:[1][4][5]

07富士山の溶岩との関係

多くの富士塚は、富士山から運ばれた溶岩(黒ボク)で表面が覆われています。文化庁の解説では、下谷坂本・江古田・豊島長崎の富士塚について「塚全体が富士の溶岩でおおわれている」とされています。

千駄ヶ谷の富士塚のように、土を盛った塚の頂上近くに溶岩を置いたものもあります。

参考:[3][4][5][6]

08江戸七富士とは要確認

江戸の富士塚の中でも代表的なものをまとめた呼び方です。このアプリでは、品川富士・千駄ヶ谷富士・音羽富士・下谷坂本富士・江古田富士・豊島長崎富士・十条富士の7つを江戸七富士としています。

資料によっては「江戸八富士」として数えたり、豊島長崎の富士塚を「高松富士」と呼んだりと、呼び名や顔ぶれに違いがあります。どの時点で誰が選んだ呼び方なのかは、資料を確認して追記します。

09登拝・巡拝の文化

富士塚では、富士山の山開きに合わせて「お山開き」の祭りが行われるところがあります。下谷坂本や十条では例年6月30日・7月1日、豊島長崎では7月第1土・日曜日に行われると紹介されています。ふだんは登れない富士塚も、この日だけは登拝できることがあります。

このアプリでいう「巡拝」は、富士塚を訪れてお参りすることです。登れない日でも、柵の外からお参りすれば巡拝です。

参考:[6][7]

10現代に残る富士塚

東京都内の富士塚の数は数え方によって異なり、Wikipediaでは約50か所とされています。このアプリでは、日本地図センター「地図インフォ」の資料をもとに、現存する101か所を収録しています。江古田・豊島長崎・下谷坂本の3つは、昭和54年に国の重要有形民俗文化財に指定されました。都や区の文化財に指定されているものもあります。

品川丸嘉講や十条冨士神社伊藤元講のように、今も講が行事を続けている富士塚もあります。

参考:[1][8][2][4][5][6][7]

11富士塚を訪問するときのマナー要確認

・富士塚は神社やお寺の境内にある信仰の場です。まず本殿・本堂にお参りしましょう。

・柵やしめ縄で閉じられているときは、中に入らないでください。

・溶岩や石碑は文化財です。石を動かしたり、持ち帰ったりしないでください。

・祭典や行事の最中、ほかの参拝者がいるときの撮影には配慮しましょう。

・溶岩の足場は滑りやすいので、歩きやすい靴で。暗い時間の登拝は避けましょう。

参考:[3]

出典

  1. [1] 富士塚|Wikipedia
  2. [2] 品川神社富士塚(品川富士)|品川区
  3. [3] 千駄ヶ谷の冨士塚|鳩森八幡神社
  4. [4] 下谷坂本の富士塚|文化遺産オンライン
  5. [5] 江古田の富士塚|文化遺産オンライン
  6. [6] 豊島長崎の富士塚|文化遺産オンライン
  7. [7] 十条冨士神社大祭(お冨士さん)|東京都北区観光ホームページ
  8. [8] 東京の富士塚|地図インフォ(日本地図センター)

「要確認」の見出しは、一般的な説明をもとに書いた部分で、公的な資料での裏付けがまだ済んでいません。公開前に確認・追記してください。

富士塚を探す →